近藤卓教授(臨床心理士)にDVについてインタビュー

―中・高生が親に暴力を振るう家庭内暴力とDVは似ているというご意見をお持ちのようですが。
 「中・高生が親に暴力を振るうことと、夫が妻に暴力を振るうことは、全然ちがうように思われるが、臨床心理学の観点から見れば、よく似ている。子どもが親に暴力を振るう、夫が妻に暴力を振るうというのは形としてはまったく違う。しかし、暴力を振るうという点では同じだ。そもそもDVというのは、夫は妻が憎らしくて殴ったり、蹴ったするんじゃなくて、むしろ妻に頼っている。依存しているのだ。表面的には妻を憎んでいるように見えるが、実はそうではなく、自分に辛さとか悲しみとかがあり、それを晴らすために妻に暴力を振るう。つまり妻を利用する」

 ――夫の場合、リストラなど社会的な原因があって、妻に暴力を振るう、というのが一般的な見方のようですが。
 「そういう見方もあると思うが、臨床心理士の立場から言わせてもらうと、子どもが親に暴力を振るう家庭内暴力と根っこは同じで、十分に解決されないままに同じことを繰り返してしまう。妻に暴力を振るうことで、自分を維持することを覚えてしまうのだ」

 ――病的なものを持っているのでしょうか。
 「病的なものを付随しているのかもしれない。不登校や引きこもり、家庭内暴力は病的なものが付随していることが多い。例えば、引きこもりの人は非常に潔癖症で、常にきれいにしていないと気がすまない。また、時間をきちっと守らないと気がすまない。それが少しでもズレルと、その原因を母親に求めたり、パートナーに求める。相手をなじるようなことから始まって、暴力を振るう。そこには神経症的な、強迫症状のようなものがともなっていることが多い。アルコール依存症で酒飲んでは相手かまわずどこでも暴力を振るうこととは全然異質のものだ。むしろ、そういった暴力のほうが警察も介入できて分かりやすい。DVは密室の中なので分かりにくいし、第三者の介入も難しい。そもそも見えないというのが問題を大きくしている」

 ――DVのメカニズムは単に暴力を振るうということではないんですね。
 「形としては、夫が妻に暴力を振るい、うっぷんを晴らす。しかし、妻も夫に暴力を振るわれることによって自分の存在を確認している、というような場合もある。臨床心理学では『共依存』といい、お互いが依存し合っている。誤解を生じるかもしれないが、お互いが必要としていて、夫は暴力を振るう対象として妻を利用する。暴力を振るわれる妻は『自分がいないと、この人は生きていけないんだ』と自分の存在を確認する。つまり、夫が暴力を振るう、妻が振るわれる、お互いが依存し合っている。だが、こういう関係は死に至るまで行かないと、暴力は止まらない。これはわたしの仮説にすぎないが、サディズムとマゾシズムの組み合わせは、相手を殺さないと気がすまない。相手を殺すまでいく。どっちかが気がつき、あるいは周囲が気づいて介入しないと、とどまるところを知らない」

 ――DVはそういう関係で成り立っているということですか。
 「少なくても一番深刻な部分は、そういう関係で成り立っていると思う。リストラなど社会的なことで夫が荒れたしまった。しかし、それは外でも荒れている。酒場で飲んだくれて、モノを壊すとか、そういう状態であれば、むしろ根が浅いような気がする。いってみれば対象は何でもいいわけだ。モノを壊したり、蹴っ飛ばしさえすれば気がすむわけだから。それは『共依存』の関係とは、ほど遠いものがある。夫は暴力を振るう対象として妻を利用し、妻は暴力を振るわれることで、夫を必要とする自分の存在を確認する。こういう組み合わせになった場合は本当に悲劇だし、周囲からも見えない、介入もできない」

    ――一般的にDVは夫が一方的に暴力を振るい、妻に被害が出る。しかし、教授がおっしゃるDVは、全然ちがうメカニズムが働いているようですが。
 「もちろん、一方的に夫の暴力というケースもある。しかし、DVの中核的な部分というのは『共依存』のメカニズムが働いている。不登校、引きこもりのケースを見ていても、それと同じようなメカニズムがある。社会的不況の中で夫がリストラされ、ストレスが重くのしかかって、妻に暴力を振るう、という解釈もあるが、それだけではない」

 ――DVはいま深刻な状況に陥っています。シェルターに逃げ込み、その後の自立ということも支援しなくてはなりません。しかし、現状では自立を支援するまでに至っておらず、夫の暴力から緊急的に避難するだけしか解決の方法はありません。
 「経済的にどう自立するか、ということもあるが、心理的なレベルで自立できるかどうかが、いま問われている。妻が暴力を振るう夫を必要としない、自分は自分の生き方ができるんだ、、という心理的な自立ができれば、経済レベルでの自立も可能だと思う」

 ――シェルターを出て、また夫の元に戻る女性もいるようですが。どういうメカニズムが働くんでしょうか。
 「逆説的な言い方になるが、妻は暴力を振るわれることで夫を利用する。そういうメカニズムが妻にも働いている。だから戻ってしまう。戻れば前のことがすぐにリセットできる。そして『殴って』と言わんばかりに夫に殴られる。殴られることによって、自分という存在を確認する。しかし、取り返しのつかないことになりかねないので、早く夫から切り離すことだ。だが、切り離すだけでは何ら問題の解決にはならない。彼女たちが夫と離れて、どうやって自分なりの生き方ができるのか、その手助けをしてあげることも大事だ。まず、女性が自立できるような心理的なケアが必要だ」

 ――心理的に自立することが、一番の解決方法なのですね。
 「そうだ。心理的なレベルできちっとケアしてあげ、本人が自覚していくようなカウンセリングをすることが一番の解決方法だと思う。心理的な部分で救われないと同じことを繰り返すばかりだ。生活や経済的なことはその後からの問題であって、まず心理的にケアし、自覚をうながしていくということが非常に大切だ」

 夫が妻を殴る、蹴るなど暴力を振るうドメスティックバイオレンス(DV)。県内での被害は急増し相談件数も右肩上がりの増加だ。女性が駆け込む緊急一時保護施設(シェルター)も不足し、シェルター待機者もかなりいる。シェルターを出た後の心理的、経済的自立ができない女性も多く、DV問題は複雑に、さらに深刻化している。今月6日、DV防止法が政治の場で成立し、10月から施行されるが、具体的な部分での解決がされない限り、DV被害者は増えるばかりだ、との声もある。国、自治体、NPО(非営利組織)など官民が諸問題に取り組み、救済支援も整ってきた。しかし、シェルターを出てからの″自立″に何ら対策が取られておらず、問題は深みにはまるような深刻さが増している。

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