急増 大人のひきこもり 社会と断絶 
主婦は育児ストレスが高じて・・・

大人が長期間、自宅に閉じこもる「引きこもり」が地域で急増している。これまで引きこもりは、小学生など学童児に多く見られてきた現象だが、最近では高校生、大学生、大人までがうっ屈した状態で、家に引きこもるケースが多いという。とくに育児に専念する母親が、ストレスに押しつぶされ、うつ病になって「引きこもる」といったことが目立って多くなっているようだ。うつ病になった母親らをカウンセリングしている専門家は「児童虐待につながっていく恐れがある」と、状況の深刻さを訴える。引きこもりは、社会問題にまで発展しており、先月、全国組織も結成され、国会に支援の直訴もされた。市町村レベルでは、大人の引きこもりを専門に受け付ける窓口はなく、家族を含め、ほとんどの人は深刻な悩みを抱えたまま行き場を失っている。大人の引きこもりは、どういう状況にあるのか、どう対処したらいいのか―など、この問題に取り組む人たちを取材した。

育児に悩む主婦からのSOS
鬱状態から抜け出せない 人とのコミニュケーションが苦痛に
行政の相談窓口は皆無

「引きこもりの実態は分かりづらい」と話すのは、湘南こころの電話相談室代表の大野彰氏だ。
 大野氏よると、引きこもりや児童虐待の電話相談の件数は1日に5〜10件。真剣に訴えてくるという。
 「いい家庭でいい教育を受けた女性が、子どもができて育児ノイローゼになり、思いをどこにもぶつけられない。子どもを殴ってしまう」。そうした悩みの電話は、いまも同氏の頭の片隅に残っているという。
 電話相談室には、子どもの相談より母親たちからのものが多い。「自分が子どもをいじめてどうしようもない」といった内容のものが圧倒的だ。
 「子どもを布団にぐるぐる巻きにする、食事を与えない、殴る、蹴る、体にタバコの火をおし付ける、といった虐待の電話が増えている。しかも教養のある女性に多い」と、同氏は繰り返し訴える。「育児ストレスが溜まり、危ない状況だ」。受話器の向こう側の声ですぐにわかるという。
 家庭や社会環境が複雑に絡み、それが原因で主婦の引きこもりは起きる、と考えられがちだが、同氏はそれを否定する。「わりと簡単に引きこもる」のだ。言い替えれば、だれでもが引きこもる要素があり、「それが怖い」とも話す。
 最たる原因は、やはり夫だ。「子育てに参加してくれない」。現代の傾向にある「父性の喪失も原因の一端」と同氏は分析する。
 大野氏は臨床心理士の肩書を持っており、大人の男性の引きこもりについてもカウセリングする。
 男性の場合は、高校中退、大学入学後の対人関係、入社後、仕事の失敗による周囲との軋轢、突然のリストラなど、さまざまな社会的要因が重なり、引きこもるケースが多いという。
 「ひと昔前だったら、高校を中退しても働く口はあった。しかし、いまの子は働かずに家に引きこもる。親のほうも家の中でじっとしているのでお金がかからないし、暴力を振るうわけでもないので、ペットのように置いておく。ただ、いまはインターネットの普及で、通信ゲームに興じる子も多いため、中には月10万円のゲーム代を支払うはめになる家庭もある」
 同氏はまた、「仕事がうまくいかず、結婚後に引きこもる男性も多い」と話す。入社後、対人関係などいろいろな要因が重なり、うつ病になって引きこもるパターンだ。「奥さんに生活能力があるため、働かずに済む。ただ、みんながみんな鬱(うつ)傾向があるわけではない」と同氏は引きこもりの実態を明かす。
 「引きこもりは年中、部屋に閉じこもるイメージがあるが、そうではない。昼夜が逆転して眠れない状態が続き、病院に薬をもらいに行ったり、病院を立て続けに変えたりしている人もいる。わたしがカウンセリングした50歳代の男性は自分の子どもを虐待したストレスで引きこもった。男性の場合は児童虐待には余りつながらないが、分裂症や潔癖症の人に多い。1日中、手を洗っていなくてはいられない潔癖性の人もいる」
 引きこもりの原因は多種多様だ。家庭や社会的要因がいくつも重なって、引きこもっていく。確たる原因はあっても、その原因を乗り越えるだけの力もなく、うっ屈した状態がつづく。いったん、引きこもると、その状態から、なかなか抜け出せない。社会から断絶したと思い込み、人とのコミュニケーションをとることさえイヤになっていく。
 行政に子育ての相談窓口はあっても、大人の引きこもりに対する相談窓口は皆無で、社会的な受け皿が圧倒的に少ない。行政は総じて腰が重く、この深刻な状況に気づいていないのが実情だ。
 大野氏は「大人の心のケアをし、どこかで支えていかないと、引きこもりは増えるばかりだ。主婦には育児支援サークルのような場所を作り、行政と民間が一体となって大人の引きこもりをサポートしていくことが大事ではないのか」と行政支援の必要性を訴える。
 「大人が引きこもると、だれも助けてくれない。窓でも破って暴れると、福祉事務所や保健所が関わってくるが、家の中でただじっとしている人に対し、『外へ出ましょう』なんて誘ってはくれない」
 同氏は、「大人の引きこもりはすごい勢いで増えている」と訴える。20歳前後から50歳代と年齢層も幅広くなっているのが最近の特徴だという。

夫婦に関する悩みも

 平塚市内の保育グループを紹介し、自らも活動しているコミュニティ保育連絡会代表の木村由紀さんは「お母さんたちの深刻な気持ち受け入れてくれる場所がないんです。お母さんたちの悩みは、子育てもそうですが、実は自分自身のことや夫のこと、夫婦に関することが多いです。育児相談だけでは不足しているんです」と訴える。
 「子育て中のお母さんたちに経済的な余裕はありません。病んでいても、お金を出して専門のカウンセラーにかかるのは難しい。無料で悩みを聞いてもらえるような場所があれば、主婦の引きこもりは防げるんです」
 木村さんは夫の協力が不可欠と訴えるが、「なかなか協力が得られない」と嘆く。「毎日、ほとんど子どもと二人っきりで、家の中にいるわけだから、ノイローゼ状態になります」
 木村さんも過去、育児ノイローゼになったことがあり、一人で子どもを育てることに限界を感じた、という。木村さんによると、公民館で育児サークルを開くと、乳幼児を持つ母親たちで盛況になる。「お母さんたちは、居場所を必要としているんです。なのにお母さんたちに対する心のケアがまったくされていないんです」。いまサークルはどこも満杯の状態が続いており、「サークルの待機組もいる」。引きこもりの年齢層は幅広く、30代、40代の主婦も「引きこもり」が見られるという。
 「夫に話しても、『1日3食昼寝付きで、子どもと遊んでばかりいて何が不満なのか』と言われると、返す言葉がない」。夫にも頼れない厳しい現実がそこにあるのだ。
 木村さんによると、「どうでもいいや」と考える人ほど、引きこもりは少ないという。「人に気を使う人」、「正義感の強い人」、「世話役の人」―などが引きこもっていくケースが多い。俗にいう「いい人」が引きこもりやすく、教養の高い人ほど陥りやすい、と木村さんは分析する。
 木村さんは主婦の引きこもりだけでなく、女子学生の引きこもりも見てきた。  「娘には何でも好きにやっていい、という母親のいる家庭だった。あるとき突然に大学に行かなくなった。女子学生はそのまま家に引きこもったが、母親は決して怒らなかった。その子はこれまで母親に怒られないよう、いい子ぶって、決して母親には本音をぶつけることはなかった。しかし外に出ると、他人に本音をぶつける。それが怖くなって引きこもった。家の中では正常でいられず、シンナーを吸った。そして体が衰え、入院。だれともしゃべりたくない日が続いた。ただ、わたしだけには電話がかかってきた。そして1〜2時間、話をする」。こういう人には助けが必要だ、と木村さんは切々と訴える。「人と話すことで、閉じた心が開くんです」

かなり多い”予備軍”
人との出会いが大切 「大丈夫、一人じゃないんだから」
買物は夫に頼む 「外には怖くて出られない」

 在日韓国人で、湘南コリアン文化研究会代表の李禮子(イ・イェジャ)さんは「お年寄りが結構、引きこもっている」という。「自分とは趣味が違うし、自分は無趣味だから、なかなか人と気が合わない。寂しい、孤独だという言葉が多く聞こえてくるようになった」と話す。
 引きこもりは年々増加傾向にあるといい、おととしよりも昨年、今年のほうが増えている、と李さんは警鐘を鳴らす。そして、「引きこもりの予備軍はとても多い」と訴える。
 電話相談もしていないのに、突然、主婦から電話がかかってきたりする。その電話は「怖くて、外に出られないんです」という内容のものだった、と明かす。
   李さんは、サポートという形で三年前から小さな学習会を月一回のペースで開いている。ここには、引きこもって鬱(うつ)状態になっている人、いろいろな問題を抱え、恐怖心があって外に出られない人、インターネットだけで他人とコミュニケイトし外に出なかった人、家の中で泣いてばかりいた人など、さまざまなな人たちが集まってくる。いわゆる「語り合いの場」だ。
 「守秘義務にして、聞き放しの言い放しの状態にする。すると、お互いの相互作用で自分の苦しみ、悩みを語ることで、本人がとても落ち着いた状態になってくる。人と出会い、話を聞いてもらうことで、自分がどういう状態にあるか、ということが冷静に判断できるようになる。初めは平面的にしか見えなかった表情が会を重ねるうち、表情がみるみる変わっていくのが分かる。お化粧もしていなかった人がお化粧を始めるようになった。そして『わたしは一人じゃないんだ』、『仲間なんだから、これからは電話を掛け合いましょう』みたいになって、どんどん話をしてくる」
 「この会は、年齢層も違えば、まったく違った環境の中で生きてきた人たちが集まってくる。最初は手探りの状態だが、心に持った重いものを吐き出すうちに、心が和んでいく。『大丈夫よ』というだけで、みんなが『大丈夫』と思うようになる。悩みを分かち合い、共有する。地域でこういう場所が多くできれば、きっと、引きこもりはなくなる」と李さんは確信する。
 李さんによれば、引きこもりの″予備軍″は多いという。講演会を開くと、講演後、約一割の女性が居残り、泣いて訴えてくる人もいる。
 「中には外国人女性がいて、自分の国の文化を理解してもらえないことで、とても孤立している。『助けて』と訴えてきた中国人女性もいた。韓国から日本に嫁いできた人が『とても辛い』と訴えてきたこともある」と深刻な実態を明かす。
 また、李さんは「対人関係の中で人とコミュニケーションを取るのがおっくうになっている。いわゆる『いい人』と言われ続けてきた人が、引きこもるのです。自分の気持ちを分かってくれる人がいないと、あきらめている人、そういった人が引きこもるケースが多い。だけど、自分の悩みを聞いてくれる人に出会ったり、やさしさに出会えたときは、胸に溜まっていたものを一気に噴き出します」と話す。
 李さんによると、これらの女性は学歴が高く、教養もあるが、子どものころあまり遊ばなかった人に、その傾向が強いという。「子どもは遊びの中で学びます。でもこれらの人は、あまり遊んでいなかったせいか、人とのコミュニケーションができない。それにだれかに期待されて生きてきた、と言うんです。それは親の期待だったり、学校の先生だったり…、国や社会から期待されているんだ、と思い込んでいる」
 「主婦が引きこもると、子どもの食事は宅配を頼んだり、またはご主人に買い物を頼んだりします。幼稚園の送り迎えはするが、バスが来るところまでしか行かない。家の中にじっとしていることが多く、外にはほとんど出ない。いや、怖くて出られない。こういう人はとても重症です。だれかが気づいて、おせっかいでもしてくれれば、そこに入り込まないで済むんですが、なかなか難しい」と話す。
 李さんも行政のサポートが必要不可欠だという。「地域の公民館などをもっと利用し、仲間を集めてレクリエーションでもやりながら話していけば、きっとその人たちは癒されていくに違いない」と、人との出会いの大切さを訴える。  李さん自身、在日韓国人であるために、過去に「差別」を受けてきた。「苦しんで、何度も死のうかと思ったことがある」が、それを乗り越えてきた。その力が、だからこそ「確信を持って、伝えることができる」。「大丈夫、一人じゃないんだから」と語ることで、人々に胸の重みを取り払うきっかけを与えつづけている。

エトキ:孤立化が深刻にならないよう、悩みを聞いてもらえる場が必要だ(平塚で開催されたフォーラム)

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